温度感受性TRP(トリップチャネル)とは

トリップチャネルをご記憶ください

温度感受性TRPチャネルとは、平たく言えば、ある一定以上or以下の「温度」が、いわゆる「アゴニスト」(活性化を引き起こす刺激)となり、様々な生体反応を引き起こす受容体のことです。「温度」以外にも、「漢方薬などの植物」が多くのTRPチャネルを活性化させたり、抑制したりすることが分かってきております。

「何故、漢方薬を温かくして飲むと、非常に効果的なのか?」の問いに対する答えはこのTRPチャネルにあります。主に、痛みを感じる神経(無髄C線維)に存在していることが分かっています。2021年のノーベル生理学医学賞は、このTRPチャネルを発見した米国の教授が受賞されました。「温度」が「アゴニスト」になるって、不思議ですね。比較的新しい医学のお話になりますので、いまのところ、不明点も多いことをご理解ください。

なぜ、このTRPチャネルを生薬の項目の一番初めに持ってきたか?

それは、生薬の多くの成分が、このTRPチャネルに作用して効果を発現していると思われるからです。私は、このTRPチャネルを勉強して初めて、研修医の頃の疑問が氷解しました。

漢方医学を勉強し始めたころ、「なんじゃそりゃ」と思っていたのは、「冷えている人には、熱を与える漢方薬を処方する」という漢方の基本でした。

口には出して言えないけど、こう思っていました。

温かい食べ物を食べてほかほかするなら「熱を与える」って言ってもいいと思う、でもさ~、漢方を飲んで「熱を与える」って言い方変じゃないの? 漢方は体内で、ホッカイロみたいに独自に発熱するんかい?? それとも血管が拡張して血流が増えてぽかぽか感じる、のを「熱を与える」と言うてんの?? でもそれは厳密には、「熱」を与えてるとは言わないと思うわ~、あ~あ、西洋医学バリバリの同期の医者にこんな言葉を使って漢方を説明したら、すごい馬鹿にされちゃうじゃない~、、、

でも、確かに生姜スープを飲めば、体がほかほかして発汗します。それは、スープの温かさがもたらす以上の「熱」です。

漢方薬は温めて飲むのが基本とされています。生姜のジンゲロールがショーガオールに変化して、体を温める作用が強くなる、の理屈は納得のいくような気もしますが・・・疑問が解けません。いったい、「体を温める漢方」は、体内で何をしてるんだろう?? 

TRPチャネルと生薬※1

TRPチャネルは、43℃以上の温度刺激(TRPV1)や一部の生薬をアゴニストとして、脳にシグナルを送る役目を果たしています。

消化管には沢山のTRPチャネルがあります。このチャネルは、痛みを伝える無髄C線維に発現しています。43℃前後のぬるま湯や生薬などの少量のアゴニスト刺激は、「痛み」ではなく、「灼熱感」として脳に伝達されます。脳は当然、灼熱感という侵害刺激に対して、生体防御反応を引き起こします。免疫細胞を集め、組織損傷を修復する目的で各種サイトカインを放出して、血流増加や血管拡張などの炎症反応を引き起こします(神経原性炎症反応)。つまり、TRPチャネルの刺激により、腸管運動の亢進(TRPV1チャネル)や弛緩(TRPV2チャネル)といった消化管運動の調節反応や、血管拡張による腸管血流の増大が起こるということです。

このTRPチャネルに作用するアゴニストは、43℃以上の温度の他に、生姜に含まれるジンゲロール、乾姜に含まれるショーガオール、桂枝に含まれるシナモンアルデヒド、呉茱萸に含まれるエボジアミン、唐辛子に含まれるカプサイシン、などがあります。この、「43℃以上の温度」と「生薬」は同時投与で相乗効果をもたらします。いわゆる、「温かいスープを飲む」のと、「温かい生姜スープを飲む」の二つを比較したら、「温かい生姜スープのほうがいっそう温かく感じる」、の理由です。このことは、サイト管理者(大福)の疑問、「何故、漢方薬を温めて飲むと、より効果的なのか?」の問いに対する答えだと思います。

身近な例をもう一つ。TRPチャネルは皮膚にも存在します。例えば、唐辛子(カプサイシン)を皮膚にすりつけたとします。その皮膚の部位では、灼熱感を感じるとともに皮膚が腫脹してきます。これは、TRPチャネルを介して「灼熱感や痛み」が脳に伝達され、脳は「組織障害」が起きている、と認知し、その部位を修復するために、自律神経系が発動され、血管を拡張して血液を多く送る、という機能が働くためです。腸管と同じですね。

「漢方が熱を与える」とは

皮膚表面に流れている血液の温度よりも、体内深部に流れている血液の温度のほうが高い、ということは容易に予想できます。

サイト管理者(大福)の疑問は、腸管の血流が増えたら、「漢方が熱を与えた」と言えるのか? です。この疑問の答えは、日本におけるTRPチャネル研究の第一人者である富永真琴先生へのインタビュー記事のなかの一文にありました※2。実際、体内深部を流れていた「温度の高い」血液が移動して、腸管内に多く再分布するわけですから、腸管が温まった状態になります。つまり、「漢方が腸管に熱を与えた」というのは、「漢方により温度の高い深部を流れていた血液がたくさん腸管に集まった」ということ、だと理解できました。

発熱すると免疫力がアップする理由?

体温は、免疫力に大きく関わっています。体温の低い人は、免疫力が弱くしょっちゅう風邪をひいてしまうことは、医者の仕事をしていればよく感じることです。

漢方薬は「体温を高める方向」に働きますが、その理由は、「高体温だと白血球の活性が上がる(免疫力が高まる)から」というものでした。

このTRPチャネルは、白血球の一種・マクロファージに存在し、生体の温度が上がったこと(38.5℃以上)をTRPチャネルで検出して、貪食活性が増大すること※2※3が、最近分かってきています。この「白血球活性化」のメカニズムが、これから、もっと詳細に解明されていくかもしれません。臨床的な感覚、基礎体温が低い人は風邪を引きやすい、というのは科学的にも事実だということですね。

くれぐれも、漢方薬と鎮痛解熱薬を一緒に飲まないでくださいね。効果が相殺されてしまいますから。

TRPチャネルについては、沢山の文献がありますので、ご興味が出た方は、是非お調べください。

参考文献

  • ※1 富永真琴 Science of Kampo Medicine 漢方医学 vol37, No3, 2013
  • ※2 富永真琴 影響は想像以上! 温度が左右する生体反応https://www.yakult.co.jp/healthist/234/img/pdf/p02_07.pdf
  • ※3 Kashio, M., T., Shintaku, K., Uematsu, T., Fukuta, N., Kobayashi, N., Mori, Tominaga, M. : Redox signal-mediated sensitization of Transient Receptor Potential Melastatin 2 (TRPM2) to temerature affects macrophage functions. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 109;6745-6750, 2012