構成生薬
麦門冬、粳米、半夏、大棗、人参、甘草
科学的アプローチ
麦門冬湯の鎮咳作用機序について#1。下記の参考文献以外にもたくさん論文があります。
- NEP(ネプリライシン)の活性低下を抑制することで、鎮咳作用を示す。
- 咳反射の求心性神経(C繊維)の侵害刺激レセプターの遮断
- 肺サーファクタントの分泌亢進による、気道クリアランス改善作用と無気肺の予防
- 水トンネル蛋白のアクアポリン5を開くことで、気道への水分移動を促し、滋潤効果をもたらす。
NEP(ネプリライシン)とは
NEP、最近では「ネプリライシン」の名前のほうが一般的でしょうか。咳を誘発するケミカルメディエーターであるサブスタンスPやブラジキニンを分解して失活する酵素(下記イラスト図1)です。このNEPは、気管支炎など炎症の状態でその活性が5分の1から10分の1に下がる(下記イラスト図3)ことが分かっています。麦門冬湯は、このNEPの活性を復活させることが示されています(下記イラスト図2)※1。
麦門冬湯の具体的な働き
上記の1,2,3,4の機序から分かる通り、麦門冬湯は、風邪や肺炎などの炎症のピークの時は、鎮咳効果を期待できないことが多いです。がっつり炎症を抑えて菌をやっつけるというよりは、背後からの援護射撃的な動きをする漢方だからです。炎症のピーク時は、「抗生剤」「麻黄」「柴胡」で戦うのが正しいやり方です。下記の図4. は、炎症がピークの時のイラストです。麦門冬湯の脇役ぶりをご覧ください。
気道の炎症が過ぎて、やや炎症反応が残るため空咳が止まらない・・・そんな状況こそ麦門冬湯の出番です。(図5, 6)
「気道の炎症」があるからこそ、サブスタンスPを始めとした「咳物質」があり、それを退治するNEPや麦門冬湯の価値があるということ。
この「気道の炎症」がない状態、たとえば、単に寒冷刺激に対する反射としての「空咳」や、ストレスが関与する「咳」に対して、麦門冬湯は効果がないことが分かっています。
NEP(ネプリライシン)の臨床応用 ~麦門冬湯に関係ない話です~
最近、といっても2020年、「アーニー(ARNI)」という心不全治療薬が日本で発売されているのをご存知ですか? 商品名は、「エンレスト」心不全の末期に適応があります。ARNIは、このNEP阻害薬とARBの合剤です。NEPを単にブロックすると、いわゆるブラジキニンやアンギオテンシンなどが増えてしまい、不具合が出てしまうので、必ずアンギオテンシン受容体拮抗薬であるバルサルタンとの合剤になっています。NEPが分解してしまう物質の中には、心不全の人にとって大事な物質もあるわけで、それを体内に留めておく・・・目的があります。まあ、この麦門冬湯には関係ない話ですが・・・
適応
昔から言われてきた「麦門冬湯証」(麦門冬湯がよく効く人)
陰証・虚証から体力充実した陽証・実証まで広く使える。
左記のイラストのように、発作性に咳が連続し、顔が紅くなって切れにくい痰を出すために、声が枯れたり・吐きそうになる人に。乾いた咳によい、と一般的に言われるが、粘稠性の痰の出る人にも良く効く。
このイラストのように、顔を真っ赤にしてむせかえるような咳をすることを「大逆上気(たいぎゃくじょうき)」と言います。
現代的な「麦門冬湯証」
上記のように、気管支炎や風邪が治りかけで、わずかに体内に咳が残る状態の人によい。
上記図6参照。麦門冬湯はアクアポリンを開き気道を潤し、サーファクタントの産生を促すことで無気肺を防ぎ、咳物質を退治するNEPの活性を上げることで鎮咳作用を示す。
麦門冬湯は、炎症が背景にない場合は、鎮咳作用を示さないことが示されている#2。寒さやストレスが原因の咳には証に合っていても無効なことが多い。
アレルギー性の乾いた咳には、「アクアポリンを介した気道分泌による気道浄化・サーファクタント生成による微小無気肺の減少」の効果はあるので、多少は効果はあると言える。が、鎮咳作用は弱いため、「効かない」と患者さんに言われやすい漢方でもある。
文献
#1麦門冬湯の慢性炎症性気道疾患治療薬としての病態薬効解析, 宮田健, 日本東洋医学雑誌, 第51巻第3号, 375-397, 2000
#2気管支炎病態動物における麦門冬湯とcodeinの鎮咳作用の比較, 宮田健ほか, 日胸疾会誌, 27(10), 1989